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マインドフルネスに乗っかってみる

マインドフルネスという言葉をご存知でしょうか。2014年頃からちらほらと耳にするようになった言葉で、あのGoogleをはじめ多くの企業が取り入れている認知行動療法のひとつです。ただその手段が瞑想ということもあってか、宗教をあまり快く思っていない私は随分まゆつばものに思えて敬遠していたのですが、色々と調べてみると鬱病や強迫性障害などの克服にもかなり有効だということがわかりました。


認知行動療法とは


人は何かしらの出来事があったとき、瞬時に思い浮かぶ考えやイメージがあります。それを自動思考と呼び、その自動思考をもってして気持ちが動いたり行動したりするのですが、強迫性障害を患っているひとの自動思考は得てして常人のそれとは異なった見方や捉え方(認知)をしてしまうため、それが原因で不安に苛まれ確認を繰り返したり身動きが取れなくなったりするのです。

つまり自動思考を常人のそれに限りなく近づければ余計な確認衝動はおのずと減っていくわけで、そういった間違った認知を正しいものに変えていく心理療法こそが認知行動療法と呼ばれるものです。


マインドフルネスとは


よくスポーツ選手の口からゾーンに入ったなんて言葉を聞きますが、マインドフルネスもまたそれに似ていて、簡単に言うと今現在にのみ集中する心の在り方やその方法を意味しています。日常生活を行っている最中、なんだかんだで物事に集中している時間はかなり少ないはずです。自分では集中しているつもりでも物音に反応したり余計なことに気をとられたりと、完全に我を忘れてそこにだけ意識をむけるなんてそうそう出来ることじゃありません

幼い頃はもっと色んなことに集中していた気がします。ご飯を食べるのも忘れて、寝ることさえも忘れて、親に怒られながらもよく漫画やゲームに没頭していたものです。しかしながら大人になるにつれ、なにかと考えることが多くなり、考えたくなくとも頭の中にそれが浮かんでしまって、気がつけばもはや好きなことにさえ何もかもを忘れて没頭するなんてほとんど出来ていない気がします。

そういった雑念を捨て、過去でも未来でもなく今現在を見つめ直すのがマインドフルネスであり、ものすごく乱暴な言い方をするなら何もかも忘れて落ち着こうと、無我の境地や悟りを開くなんて大仰なことじゃなく、ただ落ち着いて自分を見つめ直すだけでもっと色んなことが見えてきますよと、そういう話です。


人は考えすぎなのです


落ち着くことにデメリットはありません。よく何も考えてないほんわかしたひとを指して気楽でいいななんて言いますが、事実気楽こそが最強なのです。もちろん物事を深く考える事、そこから様々な知識を得て学習することには意義があり、マインドフルネスはなにもそれを止めろと言っているわけではありません。ただ余計なことを考える必要はどこにもないと、その余計なことをちゃんと見極めるためにも落ち着いて常に今を見つめ直しましょうと、私はそう解釈しています。


マインドフルネスで何を見つめ直すのか


さてさて、ではこのマインドフルネスがなぜ鬱病や強迫性障害などの克服に効果的かと言うと、ひとえにそうした精神疾患を患っている人ほど余計なことばかり考えているからです。心当たりなんてありありですよね。

あれがこうなってひょっとするとこうなるかもしれない。ほら考えすぎでしょ?当たり前のことを深く掘り下げて考えるのはそういうことを専門にしている人に任せておけばいいのです。なのに考えすぎるから自動思考が壊れてしまってどんどん余計なことばかり考えてしまうのです。つまり鬱病や強迫性障害を患っている人が考えるべきはその対処策ではなく、本来自動思考として行われるべきはずのあたりまえを考え直す、いや、見つめ直すことだと思うのです。


マインドフルネス瞑想とは


だったらそのマインドフルネスとやらはどうすればいいのかと言うと、それがいわゆる瞑想なのです。先に述べた通り私は瞑想と聞くとどうしても宗教的な、それこそ無我の境地とか悟りとかを連想してしまいあまりいイメージが抱けません。ただ深呼吸にしろ爪揉みにしろ目的は落ち着くことであり、実際やってることに変わりありません。だったら試しにやってみても損はないかなと、相変わらず単純かつ貪欲な私はこうして今日も藁をも縋るのです。

その方法は簡単、姿勢を正して自分の呼吸に意識を向けるだけです。

目を閉じ、雑念を捨て、吸い込んだ息だけをイメージしながら、喉を通り、お腹を膨らませ、ゆっくりと吐き出すところまで、とにかく呼吸の流れだけを意識して他にはなにも考えない時間を過ごすのです。時間はどれくらいでもかまわないと思いますが最低でも5分くらい続けるのがよいでしょう。いつもやってる深呼吸と同じようにも思えますが、いつでもどこでも出来る深呼吸とはあえて別物と捉え、ちゃんと時間を取り姿勢を正して行うことに意義があるような気がします。


大切なのは無になろうとする意識


いやいや、それで雑念が消えれば苦労はしないよ!そう思う方が大半だと思いますがそれでいいらしいです。私もまた何度挑戦してもエアコンの音に気を取られたり、眠たいとかお腹減ったとか考えてみたり、いかんいかんと意識を呼吸に戻してみても、すぐにまた簡単に意識が別のなにかに逸れていきます。

でもそれでいいのです。重要なのは雑念が浮かんでもそれを振り払おうとする姿勢なのです。何も考えない状態を作り出すことが目的なのは言うまでもありませんが、そのなにも考えない状態の自分へともっていけるよう意識して心掛ける姿勢こそが大切なのです。


結果はいずれわかるでしょう


なんだかもう、こうして書き出しているとやっぱり宗教じみてしまい不本意ではありますが、それでも言ってることに納得出来なくもないので敢えて書かせてもらいました。実際やってみてなにが変わったなんて言えません。言えるほどまだやっていません。ただ慌ただしく過ぎ去るだけの1日のなか、無理矢理にでもほんの5分の時間さえ取れない自分はいったいなににそんなに追われて生きているのだと、まずはそこからなんとかしなきゃなと思わされた次第です。

ただ結果はおのずとついてくるなんていうとおり、いずれ自然とわかるものでしょうから、問題なのは続けられるかどうかだと思うのです。思えばいままで色んなことを試してきたし、いまも色々試していますが、毎日欠かさず続けられているものって案外少ないような気もします。重要なのはやはり何事も継続すること。藁をも縋るなんて書きましたが、縋るならしっかりと縋らなきゃ藁にさえ見捨てられますからね……。

ちなみに私の場合、iPhoneのタイマー機能を使って敢えて時間を決めたうえでやっています。気がつけば何時間もしていた!なんてことはまず有り得ませんが、だからといってそればかりに時間を割くわけにもいかず、むしろその後の事を考えると余計にそれが雑念となってしまいますから――まずは1分。カウントダウンがはじまったら静かに目を閉じなんちゃって瞑想に耽っています。くれぐれもちゃんと鳴るだろうかなんて不安になっちゃダメですよ?

最近のひとこと

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