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心配性な自分を卑下しても絶対に解決しません

唐突ですが、最近お風呂での確認が随分と軽くなっています。まあ、相変わらず石けんの置き方が気になったり、髭剃りを置いてはまた気になったりと日進月歩ではありますが、以前のようにやたら出るのに時間が掛かることは少なくなり、むしろ烏の行水なみに早い時もあるくらいになってきました。

一番の問題となるのは湯沸かし器の点灯チェックなのですが、なんでしょう、気にならないというと嘘になりますが、どこか心の中で自分にいい加減にしろと嫌気がさしているからか、いつからか、一度は見て確認するもののそれ以上は絶対しないという強行突破が出来るようになっていました。そもそも疲れを癒やすはずの場所で疲れてしまうなんてのは本末転倒。他の確認行為と違って誰の目にもつかないだけにかえって止められなくなっていた感がありますが、ふと、これを気にするなら他にももっと気にすべき点灯物はあるのかなんて考えると、いけない、悪化する、なんて別の恐怖心が湧いてきてしまい、その得も知れぬ恐怖心に襲われるくらいならこれを出来るだけやめようと――相変わらずまったくもって理にかなわない理由で和らいでいっています。

いくつもの確認をしては和らいでの繰り返しをしているからこそわかるのですが、すべてはルーティーンの脱出により、必須だったこともあっさり抜け出せたりします。それが難しいのは百も承知ですが、だからこその突破口もそこにあるわけで、いわゆる認知行動療法がなんだかんだで一番効果的だと身に染みて感じています。

ただ、なかなかそれを他人にお願いするわけにはいきません。どうしてものものならばいざ知らず、自分なりにそこまでではないと思うものはやはり自力でなんとかしたいもの。その考えこそがいけないとは知りながらも、強迫性障害なんてのは大抵併発するもの、とくに確認行為なんて様々な場面で突然起こりうるものなだけに、ひとつでもふたつでもいいので自力でやってのけたという自信を持たないとすべてにおいて他人の力を借りるわけにはいかないのです。

このブログを見て、結局自分かよと言いたいかもしれませんが、まさにその通りであろ、結局は自分次第なのです。自分がよかれと思うならば続ければいいし、やめたいと思うならばやめる努力をするしかない。それはどんなに理屈を深く学んでも同じで、間接的に緩和する方法はあっても、直接的にそれを終わらせる方法はどこにもないのですから。馬鹿らしいことをやっていると感じるなら、なおさら馬鹿らしい手段を色々試してみればいいのです。なんなら馬鹿らしさを増幅して笑っちゃえばいいんです。重く考えれば考えるほど悲しくなるのは必至。なにより、心配性な自分を卑下するのを真っ先に止めるのがお勧めです。

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