FC2ブログ

記事一覧

だから大人に相談したところでと思われるんじゃないでしょうか

週が明けて旭川の14歳女子凍死事件がいっそう熱を帯びている感じがします。やりきれない気持ちはもとより、加害者の反省の無さ、どころかそれに関わっていた大人達さえもが明らかなまでに責任逃れをしているという現実にどこか許すまじといった空気が漂っている感じですね。たしかに自殺とはいえ、いじめから結構な月日が経ってからのことだけに加害者の罪の意識が低いのはわからなくもありません。言うなればそれこそ子供だから仕方が無いとされる部分かとも思えます。しかしながら、さすがに大人である教師や校長がこぞって責任逃れする姿はみっともないどころの話ではなく、なにより大人に相談したところで助けてくれないという言葉の裏付けをしてしまったのは少女の自殺同様取り返しのつかない行為をしてしまったように思えてなりません。

「イジメなんてない、彼女前から死にたがってたんじゃないですか?」という校長のコメントに対する批判をたくさん見かけました。正しくは「イジメはなかった。彼女の中には以前から死にたいって気持ちがあったんだと思います」のようで、少々ニュアンスが違う気もします。あと、この記事を読む限りでは真実とはいったいなんなのかがよくわからず、目にする限りの母親の言葉とはどこか話が違うようにさえ思えます。校長の言葉を額面通り受け止めるなら、被害者は小学生の頃から軽度の精神的な悩みがあった、母親とも言い合うことがあったりと親子関係も芳しくなかった、学校側は医療機関を交えて長いスパンで見るべきだと考えていた、と読み取れ、どこにでもいる普通の女子中学生がいじめにあったという単純な話ではなかったのかもとも思えます。とは言え、被害者の身に起きたことが事実ならばそれはいじめ以外の何物でもなく、前提条件がなんであれして良いことと悪いことは明らか。それを抑止出来なかった責任は学校側もゼロではないように思います。

また、被害者がいじめられているのを知りながらも傍観するしかなかった教員のコメントもよく見かけました。手を上げたら体罰と言われ、首を突っ込めば職を失う、恨みを買えば身の危険が生じるのにどうすればいいんですかと、人としてその気持ちは痛いほどよくわかります。ですが、聖職者である教師がそれを言ってしまうとお終いではないでしょうかね。教師だって人というのはわかります。自分が大切なのもわかります。ですが教師とて仕事であり、緩和や抑制するのもまたそのひとつと捉えると、傍観したことで人がひとり亡くなったという事実はどこか職務怠慢とも言えるのではないでしょうか。理由はともあれ、職務が遂行出来ないならばそれは向いていないと判断して身の振り方を考えるのもまた大人としてひとつの選択だったような気さえします。

まあ、誰が悪いとか誰の責任だと言ったところで亡くなった被害者は生き返ったりしません。だからこそ再発防止に努めるのでしょうが、こうも数多く似た事件が起きているのを見ていると、根本的な何かが間違っているのではとさえ思ってしまいます。少子化問題も大切ですが、その少ない子供が自ら命を絶っている現実をもっと真摯に受け止めなければならないのではないでしょうかね。

ホンヤクラブ

  
  

amazon